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思はむ子を法師になしたらむ

(原文)
思はむ子を法師になしたらむこそ、心苦しけれ。ただ木の端などのやうに思ひたるこそ、いといとほしけれ。精進物(さうじもの)のいとあしきをうち食ひ、い寝(ぬ)るをも。若きは、ものもゆかしからむ。女などのある所をも、などか、忌みたるやうにさしのぞかずもあらむ。それをも、安からず言ふ。まいて、験者(げんじや)などは、いと苦しげなめり。因(こう)じてうちねぶれば、「ねぶりをもにして」など、もどかる。いと所狭(せ)く、いかにおぼゆらむ。 これは昔のことなめり。今はいと安げなり。
(語句)
①心ぐるし(気の毒だ)②いとほし(気の毒だ)③あし(粗末な)④ゆかし(心がひきつけられる状態)⑤忌む(きらい避ける)⑥さしのぞく(ちょっとのぞく)⑦困ず(からだが弱る)⑧うちねぶる(眠る)⑨もどく(非難する)⑩所せく(窮屈だ)⑪やすげ(気楽そう)
(現代語訳)
愛する子を法師にしているならが気の毒だ。ただ木石などのように非情なもののように思われているのは、たいそう気の毒だ。精進料理のたいそう粗末なものを食べて、寝ることも、若い者は、物事に関心を持つだろう、女などがいるところも、どうして、きらい避けるように、ちょっとのぞいて見ることをしないでいられよう、それをもおだやかでないことのように非難する。まして、修験者などは、たいそう苦しそうである。疲れて眠ると、「居眠りばかりして」など非難される。たいそう窮屈で、どんなにつらく思っているだろう。これは、たいそう昔のことのようである。今はたいそう気楽そうである。